文庫と映画

2009.10.22

少し前の出来事
「シネテリエ天神」が「天神シネマ」
と名を変えて上映作品を成人映画に限ることを決めた。
芸術性の高い作品を上映してきたが、シネマコンプレックスの台頭や
不況の影響で観客が減少していた。とは言う物の映画が好きで通った場所 
時代の流れとはいえやはり寂しさを覚える。

仕事を始め忙しいながらも自分自身の事が少し考えられるようになった。
しなければいけない事は山積みだが少し時間があると本を読む。
基本的に文庫 そしてできれば長編 内容はその時の気分だがほとんど
明るい感じではない 気に入った物語は何度でも読める
そしてさらに時間があれば映画を観る(観たい)
ここ最近は「しんぼる」「私に中のあなた」を観る
「私の中のあなた」に関しては久しぶりに映画館で泣いてしまった。
監督 ニック・カサベテス とのこともあり観に行った映画だ。
前はゾエ・カサベテスの事を書いたのでなんだか、カサベテスファミリー
のファンのようだがそうではない(私はトリュフォー派だ)
トリュフォーといえば数日前なにげなく手に取った本「すべては映画のために」 
アルノー・デプレシャン発言集を見る。2006年出版 今は何年だ?と自分に
問いかけながらページをめくる。アルノー・デプレシャンは好きな監督だ。
その本のなかにトリュフォーの「華氏451」という映画について書かれていた
文章が面白く印象に残った。この「華氏451」と映画 個人的には大好きな
映画だ。ただあまり有名ではない 賛否両論なのだ。

その世界ではすべてテレビからの情報でしか知識を得ることが出来ず
本を読むことはおろか所持することも一切禁止。
もし本を所持していることが見つかると消防士が駆けつけて全ての本は没収され
焼かれてしまう。消防隊の役目は火を消すことではなく本を集めて焼く事になってる。
つまり"消防"隊ではなく、"焚書"隊なのである。
ある女性と知り合い彼女との交友を通じてそれまでの自分に疑問を感じ始めた。
仕事の現場で拾った数々の本を読み始め、社会への疑問が高まっていく。
本の魅力に取り付かれてしまう彼の運命は・・

この映画はトリュフォーの「書物への愛」を感じる
ラストシーン「書物人間」達が雪の舞う湖水のほとりを行き戻り歩く
シーンはとても美しい。

時代の流れでなくなるものもあるのは仕方がないことだが
やはり伝え、繋いでいかなければいけない事もある。
「華氏451」は決して絵空事ではないのかもしれない。

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